トポス心理療法オフィスでは、カウンセリングに訪れる相談者の皆様の安全を保障するために、警備会社のセキュリティ・システムを導入しています。
なぜセキュリティが必要なのか
さまざまな企業だけでなく、学校や病院などもそうですが、不測の事態に備えてセキュリティ・システムを導入する組織が増えています。個人として日頃から安全に留意していても、いつ危険に巻き込まれるのか予測できないのが現代社会です。悲しいニュースが流れる時があります。福祉施設や学校に押し入った不審者に多数の入所者や生徒が傷つけられた、病院の中で医師が何者かに傷つけられたなど、耳を疑うような事件が後を絶ちません。
先代の所長がトポス心理療法オフィスを開設してから10年ほどたちますが(2019年現在)、この札幌のカウンセリングルームは、幸いにしていままで一度も不審者の侵入などの事件に巻き込まれたことはありません。治安のよい立地条件に恵まれているように思います。しかし、カウンセリング・サービスをご提供する際に相談者の皆様に安心していただくためにも、防犯対策としてセキュリティ・システムを導入することは、当オフィスの義務であると考えています。
このようなわけで、当オフィスではセキュリティ・システムを導入することにしました。ビルには管理人が常駐していますが、緊急時には警備会社が迅速に対応いたしますので、どうぞ安心してカウンセリング・サービスをご利用ください。
カウンセリングと心の安全基地
セキュリティ(security)の意味を辞書で調べてみると、危険性がなく安全であること、無事であること、治安のよいこと、不安がなく安心であること、心が穏やかであること、安心感を与えるような防衛手段や予防措置、建物の警備、などがあります。カウンセリング心理学の領域でも、セキュリティは非常に重要な意味を持っています。
子どもの愛着(アタッチメント)研究で著名な児童精神科医に、ジョン・ボウルビィがいます。そして、彼の愛着理論の中核に位置づけられるのが、心の「安全基地 (secure base)」という医学モデルを超えた概念です。
まず愛着とは、子どもと養育者とのあいだに形成される社会的かつ情緒的な絆のことで、一生を通じて発達していくものと考えられています。たとえば、不安を喚起するような場面に遭遇すると、子どもは安心感・安全感を求めて、愛着する対象である養育者に接近します。これが愛着行動です。このとき養育者は、不安になって怯えている子どもをあやしたり、子どもが不安になっている対象の前に立ちはだかって保護しようとします。その結果として、子どもは心地よい安心感や安全感に包まれ、それまで感じていた否定的感情が肯定的感情へと調整されることになります。このようにして養育者が子どもに対して与える保護的・庇護的な環境を、ボウルビィは「安全基地」と呼んでいます。安全基地のおかげで落ち着きを取り戻した子どもは、好奇心と共にふたたび外部世界の探索へと向かうことができるのです。
安全基地となる愛着対象は、養育者から次第に周囲の身近な人たちへと広がっていきます。それと並行して、子どもの周囲世界と内的な表象世界が次第に分化していきます。子どものこころの世界が豊かになっていくわけですが、自分と他者との社会的交流が内面化されて、自己と他者のイメージであるボウルビィのいう「内的作業モデル(internal working model)」が次第に形成されていくことになります。安全基地は、この内的作業モデルのとても重要な構成要素に他なりません。
心の中に安全基地ができることによって、私たちは怖がることなく社会の中で生きていくことができるようになります。心の中にあって自分のことを保護しながら安心感を与えてくれる、そんな心の安全基地に守られているかぎり、頼りになる人がそばにいないときでも大丈夫なのです。他者に対する基本的信頼感も、困難にくじけない精神的回復力であるレジリエンスも、心の安全基地のおかげなのかもしれません。
カウンセリングによる支援にお話を移していきましょう。たとえば、虐待などの養育環境の影響で心の安全基地がそもそもなかったり、あるいは歪んでいたりすると、子どもであればアタッチメント関連障害としての反応性愛着障害や脱抑制社交性障害に至ることがあります(DSM-5)。大人であれば、さまざまな心の病はもとより、回避する生き方や生きづらさの根本にこの安全基地の問題があるのかもしれません。言い換えると、守られているという安心感・安全感の喪失です。カウンセリングを求める相談者の中には、このような心のセキュリティがもろい方がいらっしゃるように思います。
心の安全基地を含んだボウルビィの愛着研究から、カウンセリングにとっては自明のこと、当然のことが見えてきます。子どものカウンセリングや子育てのカウンセリングに限らず、大人を対象としたカウンセリングにも言えることです。それは、カウンセラーとの関係も含めて、カウンセリングの場が、相談者にとっては安全基地のように安心感が与えられる保護された空間でなければならないということです。精神的な安全や身体的な安全が保障されないまま生きてきた相談者のカウンセリングであれば、なおさらのことでしょう。
カウンセリングの場が安全基地であるというのは、あくまで前提条件にすぎません。大切なのは、愛着に困難を抱えた相談者とともに目指そうとするカウンセリングの目標です。おそらくその目標は、相談者の内面に心の安全基地が作られて、不安に押しつぶされることなく生きていけるようになることでしょう。自分を守ってくれる温かみのある存在が心の中に宿ったとき、失われていた安心感が取り戻され、カウンセリングは終結を迎えることになります。クライエントの心の中に安全基地ができたときに、カウンセリングは役割を終えるのです。
出典:ジョン・ボウルビィ『母と子のアタッチメント 心の安全基地』医歯薬出版株式会社 (Bowlby J (1988). A Secure Base: Parent-Child Attachment and Healthy Human Development. Routledge.)