当オフィスでは、たとえば次のような悩みや問題について心理相談に応じています。ほんの一例です。あなたが実際に抱えているお悩みがカウンセリングに適しているかどうかは、具体的にお話を聞かせていただいてから判断することになります。
心の悩み、問題
抑うつ(うつ病)、不安や対人恐怖(社交不安)、イライラ、ストレス、不眠、無気力などの心理的問題。性格、悲観的な考え方、自己嫌悪、心の傷、将来への不安、生きる意味などに関する悩み。
子どもの悩み、問題
不登校、ひきこもり、人間関係、その他の適応問題。主に思春期以降のお子様を対象とします。
家庭生活における悩み
育児、しつけ、虐待、子どもの不登校、親子関係の問題、夫婦・家族関係の悩み。
職業生活、仕事に関する悩み
仕事に行くのが辛い、仕事が長続きしない。職場の人間関係の悩み。
お悩みや問題によっては、お引き受けできない場合があります。また、必要に応じて、医療機関の受診をお勧めすることもあります。精神科や心療内科で治療中の方は、主治医とご相談の上でお申し込みください。治療中の方は、カウンセリングを行う場合には主治医の指示を受けて行われますので、通院中であることを電話申し込みか初回面接の際にお伝えください。その際には、2回目以降のカウンセリングで医師の紹介状や指示箋が必要になることがあります。
カウンセリングと医学モデル
心理相談の内容にかかわる専門的なお話になります。読むと少し難しく感じるかもしれませんが、相談者の方が悩み苦しみから早く解放されて楽になりたいとお考えなのか、あるいは自分の人生を振り返って悩み苦しみの意味を深く考えてみたいとお考えなのか、どのようなカウンセリングを求めているのかお気持ちを整理するために役に立つと思います。次のような構成になっています。
1. 医学モデルとは何か
2. 医学モデルによるカウンセリングと非医学モデルによるカウンセリング
3.現代の精神医学的診断カテゴリーと治療法
4.あなたはどちらのカウンセリングを選びますか
心理相談の内容は一人一人異なり、実に多種多様です。ご相談をお受けするカウンセラーとしては、クライエントお一人お一人に合わせたスタイルで傾聴し、一つ一つのお悩みに対して適切に波長を合わせていく必要があります。ここに書かれていることは、カウンセリングのときにカウンセラーが持っている一つの視点でもあります。
1.医学モデルとは何か
少し難しいお話になります。診断基準に照らして患者の症状とその原因を特定し、治療する形態を医学モデルと呼びます。この医学モデルは古くから生物医学モデルが重視されてきたのですが、近年では生物学的なレベルだけでなく、心理社会的なレベルまで含めた生物・心理・社会モデルが推奨されています。また、世界保健機関 (WHO) のICF (国際生活機能分類) は、医学モデルと社会モデルを統合した言わば生活モデルをうたっています。このように、病気や障害を理解して効果的な治療的介入を行うための理論的な枠組みは、古くからある医学モデルからいまや脱却しようとしています。
では、精神医学のお話です。この領域でも生物・心理・社会モデルが重視されているのですが、やはり医学モデルの枠組の中にあるので、精神疾患の症状を治療するということが重視されます。精神科的な治療は、たとえば不眠の改善、不安や抑うつの緩和、幻覚や妄想の改善といった症状の除去が中心になります。そのため、薬物療法をベースにしながら、患者さんの心理社会的なレベルにもアプローチして、その効果を確かなものにしようと試みるわけです。
2019年現在、世界的に参照されている精神疾患の診断基準は、DSM-5 (精神障害の診断と統計マニュアル第5版) です。精神科医ではありませんが、カウンセラーもこのような精神疾患の知識を備えていることが求められる時代です。好むと好まないにかかわらず、さまざまなかたちで医学モデルの洗礼を受けることになります。しかし振り返ってみると、そもそもカウンセリングの世界に最初に医学モデルを持ち込んだのは、精神分析のフロイトでした。彼が行っていたのは、神経症(ヒステリー)という精神疾患の治療だったのですから。
2.医学モデルによるカウンセリングと非医学モデルによるカウンセリング
古くからある医学モデルを脱却しようとする流れにもかかわらず、カウンセリングの世界ではいまだに医学モデルが重視される傾向があると思います。つまり、病気を治療する、あるいは症状を取り除くことを目的としたカウンセリングのことです。治療を目的としたカウンセリングに言えることです。よく言われることですが、治療的なカウンセリングの場合、カウンセラーは人を見るというよりも症状を見るでしょう。人として関わるというよりも、患者に対する治療者として関わるということです。また、相談者の生活や人生の問題よりも、症状を重視する姿勢が顕著になるはずです。そのため、クライエントとカウンセラーの関係性は盲点となり、話し合いは症状のことが中心になって、クライエントがこれまで生きてきたライフストーリーの傾聴はおろそかになるのかもしれません。
いまカウンセラーの目の前に、精神科で重いうつ病と診断された人が座っているとしましょう。もしも医学モデルを重視しないカウンセラーであれば、目の前にいる人をうつ病の患者さんではなく、深い悩み苦しみを抱えた人、苦悩にもかかわらず死なないで必死に生きようとしている人、絶望の中にあって希望の光を探し求めている人として理解することでしょう。悩み苦しみそれ自体は、速やかに取り除かれるべき病気ではありません。苦悩は自分の人生を振り返り、新しい自分に生まれ変わるための招待状であるのかもしれません。カウンセラーは、その人の苦しみを共に苦しみ、分かち合い、その苦しみがその人の人生にとって何を意味するのか、相談者のペースに合わせてじっくりと傾聴していきます。
このようなタイプのカウンセラーは、もはや病気を治すことを目的にしていません。医学モデルに基づいた治療的なカウンセリングとは対照的です。症状がなくなったとすれば、それは対話の副産物です。この立場では、心の癒しはクライエントとカウンセラーが人として人格的に出会うことによってもたらされると考えられています。カウンセリングの技法による治療ではありません。それは、二人のあいだにある関係性、対話を通じた出会いによる癒しなのです。カウンセリングの効果も、医学モデルのような精神症状の領域ではなく、生きる意味の発見、内的な精神生活の改善、主体性の拡大といった、質的に推し量られる領域が重視されるでしょう。非医学モデルによるカウンセリングは、「人として」という言葉がキーワードになると思います。それから、補足しておきますが、女性のためのカウンセリングとしてのフェミニストカウンセリングはフェミニズムの思想に基づくものであり、これもやはり医学モデルとは対照的な位置づけを与えられるはずです。
3.現代の精神医学的診断カテゴリーと治療法
日本の精神医学はずっとクレペリン、ブロイラー、シュナイダーといったドイツ流の精神医学の影響が大きかったのですが、いまはDSMの診断カテゴリーが主流になっています。DSM-5から主だった診断名やカテゴリーを列挙してみましょう。
自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害、注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害、統合失調症、双極性障害 (昔の躁うつ病)、抑うつ障害群 (うつ病など)、不安症群/不安障害群、強迫症および関連症群/強迫性障害および関連障害群、急性ストレス障害、心的外傷後ストレス障害 (PTSD)、適応障害、身体症状症および関連症群、食行動障害および摂食障害群、パーソナリティ障害群、その他。
医学モデルによるカウンセリングでは、このような診断カテゴリーの中から(医師によって)診断名が与えられ、その症状の緩和や除去を目的としたアプローチがとられることになります。たとえば、軽症うつ病に対しては、すべての患者さんに行う基本的な介入として、発病の背景や病態の理解に努めて支持的心理療法と心理教育を行うこと、この基本的介入に加えて、必要に応じて抗うつ薬の投与や認知行動療法の実施が推奨されています。さらに中等症や重度のうつ病になると、気分安定薬による抗うつ効果増強療法が推奨されています。中等症から重度のうつ病の場合、薬物療法なしにカウンセリングを単独で行うことは推奨されていません。
4.あなたはどちらのカウンセリングを選びますか
現代のカウンセラーは、医学モデルによるカウンセリングも、それ以外の非医学モデルによるカウンセリングも、十分に学んでおく必要があると思います。というのは、カウンセラー本人の指向性にかかわりなく、カウンセリングルームに来談する相談者の方々は、医学モデルによるカウンセリングを望むこともあれば、非医学モデルによるカウンセリングを望むこともあるからです。矛盾する両極端な立場を学ぶことは、両者のメリットとデメリットを知るためにも大切なことであると思います。
相談者の皆様は、どちらのタイプの心理相談の方法を望みますか? とにかくこの苦しみから解放されたい、この抑うつ症状を早く取り除きたいというのであれば、医学モデルによるカウンセリングか、精神医学的な治療がよいでしょう。そして、悩み苦しみの中でじっくりと自分の人生を振り返りたい、この苦しみの意味を考えたいという方には、非医学モデルのカウンセリングがよいのかもしれません。それから、どちらか一方を選択しなければならないというわけでもありません。抑うつの緩和と自分自身の振り返りの両方を視野に入れたカウンセリングのかたちもあり得るでしょう。
医学モデルのことを離れて、抑うつ的な相談者の方に対してカウンセラーがどのように関わっていくのか、その一例をお話ししましょう。気分の落ち込みが強い方の場合、その状態で自分のことを振り返って内省すると、さらに苦しくなってしまうことがよくあります。そんなときカウンセラーは、相談者の苦痛が緩和されるように支持的に、サポーティヴに関与しようとするでしょう。そして、相談者の苦痛感がある程度おさまって精神的な余力ができた段階で、ご本人が望むのであれば、自分自身のことを振り返るお話に耳を傾けることになると思います。
終わりに、精神医学的な診断名ではありませんが、アダルトチルドレン(AC)という言葉があります。以前とても流行った記憶があります。診断のレッテルは、一方的に貼られるのであれば相談者にとって苦痛以外の何物でもないでしょうが、この言葉(アダルトチルドレン)のように、自分で自分に診断名を与えると楽になる場合もあるようです。つまり、今まで生きづらかった苦痛が、自分自身の診断によって「なるほど、そうだったのか。自分の悩み苦しみはそういうことだったんだ」と理解されて、安堵することができるのです。最近では、何らかの発達障害の診断を受けてホッとする方もいます。時代は医学モデルから生活モデルへ移行しつつありますが、医学モデルのメリットはこんなところにもあるようです。
参考資料
米国精神医学会『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』医学書院
岡田尊司『愛着アプローチ 医学モデルを超える新しい回復法』角川書店
David N. Elkins (2015) The Human Elements of Psychotherapy: A Nonmedical
Model of Emotional Healing. A.P.A.