TOPpage>>コラム>>カウンセリング・アラカルト>>うつ病かな?
はじめに
うつ病はすでにギリシア時代から知られている精神疾患です。古いタイプのうつ病は、テレンバッハによってメランコリー親和型性格という病前性格が重視された、内因性うつ病でした。真面目で几帳面なタイプの方がうつ病を発症するリスクが高かったわけです。
しかし、いまの日本だと、新しいタイプの新型うつ病が議論されるようになり、精神科医の樽味伸先生が提唱したディスチミア親和型のうつ病が主流となりつつあるようです。樽味先生によると、日本では生年が1970年代を境としてメランコリー型とディスチミア型が入れ替わっているようです。
経験的に言っても、なるほど頷ける理論です。2019年現在、だいたい50歳以上の人たちと、それよりも若い世代の人たちのうつ病を比較すると、なんだかとても違った印象を受けるのです。古いタイプのうつ病者は自分を責めたものですが、新しいタイプのうつ病者は他人を責める傾向が強くなったような感じがしています。では、この記事の「もくじ」を示しておきましょう。
もくじ
*はじめに
*うつ病に気がついたAさんの場合
*うつ病とは-セルフチェックしてみましょう
*どんな治療法があるのか
・薬物療法
・カウンセリング(ここがこの記事のメインです)
*おわりに-うつ病に薬は無意味?
うつ病は回復可能な心の病です。この点は強調しておきたいと思います。それから、自殺する人たちがすべて心の病で、うつ病だから死に急ぐのだという論調の意見には違和感を持っています。みずから死を選択する人にはさまざまな動機があって、すべてを病気のせいにすることには問題があると思うからです。もちろん、これは自殺を肯定するものではなく、生命を守ることが最優先されねばならないと考えています。
この記事を最後まで読むと、だいたい10分くらいかかります。特に、後半にあるうつ病のカウンセリングについて読まれることを期待しています。では、ご覧下さい。
うつ病に気がついたAさんの場合
架空のAさんを通じて、うつ病のことを考えてみましよう。Aさんは最近になって自分に違和感を持つようになりました。以前の自分と、なんだかちょっと違うのです。家庭でも、職場でも、何ひとつうまくいかなくなってきました。
なんだか最近食欲がないな。胃の調子もいま一つおかしいし、何を食べてもおいしい感じがしない。寝つきが悪いし、寝たとしても何度も夜中に目が覚めてしまう。いい感じで眠ったとしても、朝早く目が覚めてしまって、なかなかうまくいかない。身体も何となくだるくて、疲れやすいし、頭痛や肩こりが当たり前になって来た。心臓が動悸を打って苦しいときもあるし、これは何か得体の知れない病気にかかっているのかもしれない。そういえば、めまいがするときもある。体重がかなり落ちた。身体が変。口が渇くこともあるし。
Aさんは、このように自分の身体に違和感を持っていました。では、心理面に変化はないのでしょうか。
調子がおかしくなってから、Aさんの気分はずっと沈んでいました。落ち込んでいるのは周囲の人たちにも明らかで、暗い表情をしているAさんは「どうしたの?何かあったの?」と心配されるようになってきました。胸のあたりが苦しくなったり、喉のあたりが痛くなったりすることもあるのですが、本人はそれが抑うつからくる身体症状であることには気がついていません。ちょっとしたことで泣き出しそうになることもあります。たんに涙もろくなったのではありません。以前はよく見ていたテレビもおっくうになり、趣味だった音楽鑑賞も楽しめなくなっています。頭の回転も遅くなってきて、物事に集中できなくなってきました。仕事の効率は大きく落ちています。反応が鈍くなって、精神的なテンポも遅くなってきました。気がつくと、いつも同じことをグルグルと考えています。失敗したことや、自信を失わせる出来事が、次から次に思い浮かんでは流れていきます。自分はダメな人間だ、もう死んでしまった方がよいのかもしれない。
このような状態が一定期間続いて、日常生活に支障を来たすようになると、いわゆるうつ病の可能性が高まります。今回は、この「うつ病」について考えてみたいと思います。
うつ病とは-セルフチェックしてみましょう
2019年現在、うつ病の診断は、アメリカ精神医学会の『精神障害の診断と統計マニュアル』第5版(DSM-5)に基づいて行われることが多いのですが、ここではあまりそれにこだわらないことにします。
うつ病とは、抑うつ気分を主体とした気分障害・感情障害の一種です。その他の精神疾患にも伴う、状態像としての抑うつ状態とは区別されます。また、いわゆる躁うつ病、つまり軽躁状態と抑うつ状態を繰り返す双極性障害とも区別されています。うつ病にはさまざまな呼び方があって、たとえば大うつ病性障害、大うつ病エピソード、反復性うつ病性障害、持続性気分(感情)障害などがあるのですが、精神医学の専門家以外にはあまり重要ではないでしょう。
症状としては、以下のようなものが考えられます。ほとんど毎日、一日中あって、それが2~3週間以上続いた場合にはうつ病が疑われることになります。
*抑うつ気分(憂うつで気分が落ち込んでいる。胸や喉がつかえるようだ。息苦しい)
*興味、喜びの著しい減退(何ひとつ楽しいことがない。興味がわかない。面白いという感じがしない)
*不眠あるいは過眠(日中も眠たい。眠れない。早朝覚醒。寝すぎてしまう。すぐに目が覚める)
*易疲労性(疲れやすい。北海道弁でいつも身体がこわい感じがする。動くのが億劫)
*精神の焦燥や制止(ソワソワして落ち着かない。イライラする。胸が苦しくてかきむしりたいほど。頭を抱えたままずっと座っている。横になったままで身動きが取れない)
*無価値感や罪の意識(自分を責めてしまう。自分には価値がないと言い聞かせてしまう)
*思考力や集中力の減退(頭が回転しない。物事に集中することができない。)
*反復的な自殺念慮(何度も死にたくなる。気がつくと死ぬことを考えている)
このような症状が持続的に認められた場合、精神医学的にはうつ病と診断される可能性が高まります。ただ、上に示したのはあくまで操作的な診断基準の項目ですから、専門的な訓練を受けた精神科医以外の人間が診断したり、うつ病を疑っているご本人が自己診断するのはやめた方がよいでしょう。
こちらは、無料で抑うつの程度を調べることのできるサイトです。→「うつ度チェック 簡易抑うつ症状尺度(QIDS-J)」 いま自分はどの程度抑うつ的なのか、セルフチェックしてみるとよいでしょう。ただし、結果はあくまで参考程度にとどめて、診断と治療が必要なときには専門医を受診することをおすすめします。
どんな治療法があるの
薬物療法
例として示した架空のAさんの場合、もしも精神医学的な医学モデルに沿って治療を進めるのであれば、上に示したような診断基準によって、うつ病であると確定診断される必要があります。薬物療法を希望される方は、医学的な診断に基づいて、薬物療法を含む精神科医の治療を受けることができます。
現代のエビデンスから言うと、うつ病を軽度、中等度、重度の三段階に分けた場合(さらに最重度を加えて四段階に区分することもあります)、最も重篤な重度のうつ病では薬物療法が必須であるとされています。しかし、軽度と中等度のレベルであれば、心理療法ないしカウンセリングによるアプローチが奏功するという研究者もいて、重度以外の多くのうつ病者には、医学的なアプローチによらなくても回復できる可能性が開かれているように思われます。
このページのタイトルは「うつ病かな?そんなときには心理カウンセラーに相談するのもよいでしょう」なのですが、その意味で言うと、心理カウンセラーに相談することをお勧めできるのは、軽度から中等度のうつ病の方ということになるのかもしれません。
精神科クリニックに通院して薬物療法を受ける際には、おそらく、薬に対する抵抗感や恐れが必ず姿を現わすことでしょう。そんなときには、正直に自分の抵抗感や恐れを口にして、精神科医に相談してみることです。なによりも、安心できる関係、良好な信頼関係を築ける精神科医を見つけてください。こちらの記事「心療内科と精神科」のなかで、札幌にお住まいの方や北海道の方を対象としたクリニックの検索方法をご案内しています。どうぞご活用ください。
カウンセリング
ここからが、この記事の本題になります。うつ病の薬物療法は、脳の機能障害を想定して、生物学的レベルにアプローチする治療法です。その一方で、話しを聞いてほしいというニーズのある方にカウンセラーが行う心理的支援は、クライエントの心理的な要因と社会的な要因に対してアプローチする方法です。まず、この心理社会的アプローチの社会的要因の方からお話しましょう。
社会的要因あるいは環境要因ということになりますが、うつ病の人の中には、過酷な環境からくる過重なストレスを抱えている方が少なくありません。たとえば、職場の「きつい対人関係」、身体的暴力やモラハラが日常化している家族などです。このような場合には、出来るかぎり環境調整を優先して、症状としての抑うつを悪化させないようにする工夫が必要になってくるでしょう。もしも、このような環境要因が大きなストレッサーになっていて、それが改善されない場合には、薬物療法を行ってもあまり効き目のないことが知られています。なるほど、当然のことであると思います。問題はその人の脳の機能不全にあるのではなく、その人の置かれている環境にあるのですから。
次に、心理的要因に対するアプローチです。思考(認知)、感情(気分)、行動(身体)という三つの視点から考えてみましょう。うつ病のカウンセリングと言えば認知療法または認知行動療法が代表的な方法ですが、それよりも広い視点から考えてみます。
まず思考の問題です。抑うつ的になると、考えが悲観的になったり、自分を責めてしまったり、くよくよと同じことが繰り返し思い浮かんだりで、結果としてさらに気分が落ち込んでしまうことになります。悪循環です。そこでカウンセリングでは、自分の頭の中の考え(これを声と呼ぶことにします)に焦点を合わせて、その声をコントロールする術を学んでいきます。その多くは自己破壊的な声です。まずはその声が頭の中で行き来していることに気がつくことが大切です。
また、自分の頭の中の考えに振り回されないようになることも大切です。うつ病の人は、ご飯を食べていても、お風呂に入っていても、歯を磨いていても、自分を苦痛にするようなことがいつも頭に思い浮かんでいて、目の前のことに集中することができません。頭の中の声から距離をとってそれに巻き込まれないようにするために、マインドフルネスやヨーガの呼吸法を行うことによって「いまこの瞬間」に意識を集中するトレーニングにも一定の効果が認められています。
抑うつ的な気分や不安な感情は、カウンセラーと対面したときの温かみのある関係性、受容的な関係性によって、かなりの程度緩和されるはずです。1回のカウンセリングの前後で同じ感情尺度を測定してみると、不安や抑うつはグーンと下がっていることが少なくありません。リラックスできる、肯定的な関係性が構築されるかぎり、このようなことが起こってくるのです。あとはその積み重ねになります。
抑うつが緩和されると、それに伴って破壊的な思考や否定的な思考が和らいでいきます。これは、気分や感情から思考へと肯定的な影響が及ぶことを意味しています。思考が柔らかくなると感情に対して肯定的な影響が及びますが、それとは反対の方向に作用が及ぶと考えられるわけです。うつ病の場合には、思考と感情が悪循環を形成しているのですが、回復するにつれて、肯定的な方向に回り始めるのです。つまり、悪く考える→気分が落ち込む→もっと悪く考える、というサイクルが、よく考える→気分が晴れる→もっとよく考える、という肯定的なサイクルに変化するのです。
最後に、行動(身体)の問題です。うつ病の人は、やろうと考えたことを、なかなか行動に移すことができません。一歩が踏み出せないのです。姿勢に注目してみましょう。皆さん分かりますか? あなたはうつ病のポーズをとってくださいと言われたら、どんな姿勢をとりますか? 典型的なうつ病の姿勢があります。椅子に座ってください。そして上半身は前かがみになります。頭はうなだれてください。肘を膝についてください。そして、両手で頭を抱え込んでください。
これが、悩み苦しむうつ病者の姿勢です。
まず、このような姿勢から変えていくことが大切です。収縮から伸張へと、意図的に姿勢を調節してあげるのです。その姿勢から、胸を張ったり、背伸びしたり、とにかく伸ばしてみるのです。最初はうまくいかないかもしれません。でも、続けてみましよう。ウーーーッと声を出すのもよいかもしれません。うつ病がひどくなると、ただ息をしているだけのような状態に、生命が追い込まれていきます。ただ息をするのではなく、呼気と吸気に意識を向けながら、さらに声を発することで、その状態から抜け出す可能性が開かれるのです。
ここに書いたのはほんの一例です。一般的ではない方法も含まれています。
認知療法や認知行動療法を専門としていないカウンセラーであっても、経験を積んだ熟練したカウンセラーであれば、うつ病のカウンセリングの際には、思考(認知)、感情(気分)、行動(身体)などの心理的要因を全体的に見渡すだけでなく、社会的な環境要因にもアプローチして、総合的な支援を提供してくれるはずです。とりたてて、これは思考にアプローチする技法ですとか、これは感情に働きかけるアプローチですといった説明はないにしても、心理社会的なさまざまな諸要因に作用するようなアプローチを自然なかたちで行っているはずです。「経験」と「熟練」の意味をさらに説明する必要があるとは思いますが、これに関しては機会を改めたいと思います。
おわりに-うつ病に薬は無意味?
厚生労働省のウェブサイト「知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス」にある「うつ病」のページに、次のような記述があります。
「うつ病はこころの風邪。早く薬をのんで休養をとりましょう」という啓発活動が、不適切な形で広まっているのではないでしょうか。考えないといけないこころの問題を軽視して、薬で治そうとする患者さんが増えた気がしますし、出す薬の種類を変えるしかしない医師が増えたようにも思います。
とてもストレートな問題提起です。自分で考えないといけないこころの問題すら薬でどうにかしようとする患者さんが増えているのではないか、という批判的言説です。患者さんだけではありません。医師をも批判しているように読み取れます。
カウンセリングがそうであるように、薬物療法もすべてのうつ病に有効であるとは言えません。では薬物療法は、うつ病の診断と治療を受ける人たちの何割くらいに有効なのでしょうか? 次の言葉は、yomiDr(ヨミドクター)のコラムに掲載されていた、ある研究者・精神科医の言葉です。
「抗うつ薬が本当に効いているのは、うつ病の5人に1人。残りの8割の人には、薬は無意味です」
衝撃的な見解です。これにはちゃんとした根拠があるだけに、いろいろなことを考えさせられます。うつ病ではないかと心配されている相談者の皆様に、いま一度考えていただきたいと思います。あなたがいま抱えている悩み苦しみは、薬を飲むことによって取り除くべき類のものですか? それとも、自分とじっくり向き合うことが必要な悩み苦しみですか? それとも・・・・?
このあたりで筆を置くことにします。抑うつは自然に回復することが常です。というのは、心には自己治癒する力があるからです。愛する人を失う対象喪失の場合が典型例となりますが、喪の作業と呼ばれる心の回復プロセスが展開することによって、私たちは次第に元気を回復するものなのです。うつ病のあなたが、抑うつの自然な回復プロセスを邪魔しない、自己治癒力を最大限に保護してくれるようなカウンセラーと出会うことを祈っています。それから、重度から最重度のうつ病には薬物療法が必要であるとされています。この場合には、何よりもまず精神科医の薬物療法をお勧めしたいと思います。
最後に一言。うつ病のケアのために薬物療法を選択するか、心理カウンセリングを選択するか、薬物療法とカウンセリングの併用を選択するか、あるいは他の手段を選択するか、決めるのは当事者の方です。自己決定の原則が最優先されます。もちろん、どうすればよいのか判断に迷いがある場合には、遠慮なく精神科医や、臨床心理士・公認心理師などのカウンセラーに相談してみるのがよいでしょう。
参考文献
アメリカ精神医学会『精神障害の診断と統計マニュアル』第5版(DSM-5)
厚生労働省ウェブサイト「知ることからはじめよう みんなのメンタルヘルス」「うつ病」
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_depressive.html
田中秀一(2018)抗うつ薬は8割の患者に無意味!?
(2018年3月19日)yomiDr(ヨミドクター)のコラムより
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20180314-OYTET50005/
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