Top Pageへ>>コラム>>少しずつの効用
みなさんは、自分の性格をもっといいものに変えたいと思ったことはないでしょうか。あるいは、誰かを見て「あの人みたいな性格になりたい」「あの人の生き方はカッコイイからあの人のように生きてみたい」と思い、お手本にしたり真似てみたりしたことはあるのではないでしょうか。そうやって自分を変革していく気持ちを持ち続けることが実際の変化への原動力になったりもします。ただし、気をつけたいのは、本来の自分とはあまりにもかけ離れた理想の自己像を思い描き、しかもそれを早急に実現させようと動くことです。場合によっては、後々大変なこともあります。
それまでの生活の中で適応上の困難を抱えていたりする場合、人は次の新しい環境や人間関係との出会いから再出発しようと期待します。ところが、環境が変わっても、依然同じ状態を繰り返してしまう人もいます。環境の変化でその人が変わることはあり得ますが、それはいつも100パーセントというわけではありません。環境の変化で状況打開を期待する場合、その結果には幅があるため、賭けにも似たところがあります。環境が変わるイコール物事がうまくいくようになるわけではないと念頭におきながらチャレンジしてみるほうがいいかもしれません。また、環境が変わる事をきっかけに、態度や見た目や性格を自ら大きく変えようと試みる人もいます。人はある程度一貫した自分というものを持ち合わせているため、長い付き合いの相手にはなかなか普段と違う態度をとりにくかったりします。急に性格が変わると周囲に驚かれたり、それを噂されたり冷やかされたりもします。そういう人の注目を嫌うと、ますます身近な相手に普段と違う自分を出すことができにくくなります。ですから環境が変る時や新しい相手と出会うときというのは、今まで出せなかった新しい自分を打ち出すチャンスでもあるわけです。
しかし、新しく打ち出した自分があまりにもそれまでの自分とかけ離れすぎていると、それがうまくいかなくなることがあります。例えばAさんです。Aさんは「自分はおとなしくて地味だと言われ続けてきた。もうそんな自分にさよならしたい。大学ではうんと派手で、うんと元気で積極的な人になろう」と理想の自分を思い描き入学しました。入学後は思い描いた理想通りの自分でふるまいました。同じ学科の仲間が受講している講義で、Aさんは派手にたくさん発言してとても目立ちました。みんなもAさんは積極的でおしゃべり好きな明るい人なのだと認識してくれました。ところが、Aさんは学校が終わって帰宅するとぐったりと疲れてしまいます。そしてなんとなく翌日から大学に行きたくありません。日増しにAさんは憂鬱になってきました。派手に発言した講義の翌週は、朝、布団から出るのもやっとです。重たい体を引きずるように大学へ出かけました。しかし講義が始まると、まるで人がかわったように、先週と同じように積極的で陽気に振舞いました。Aさん自身もこれには大満足でした。ところが、この日を最後にAさんは大学に全く行けなくなってしまいました。行こうとすると具合が悪くなり吐き気がしてきます。だるくて起き上がれず気分はとても憂鬱です。なぜなら、Aさんは理想の自分を演じることにものすごい無理をし、それに伴う極度の疲労を感じていたのです。演じている理想の自分は、本来の自分と極端に乖離したものでした。表面上は明るく楽しく振舞っているけれども、本当は全く楽しいと感じられない、本当は笑いたくもないのに嘘で笑っているなど、やっていることと自分の感情との間にも亀裂が生じていました。Aさんの場合は、この落差が激しすぎたため、突然新しい自分に変ったというより、自分とは違う誰か別の人を演じているかのようになってしまったようです。
一方Bさんです。自分の積極性のなさを気にしていたBさんは、ゼミが始まる新年度になったら積極的にゼミで発言していこうと考えていました。発言するのに最初は勇気もいりましたし、みんなの反応も気になります。しかし発言してみるとみんながBさんの意見をとても面白いと評価してくれました。気をよくしたBさんはその後もゼミで極力発言していきます。しかしある時、「Bさんの意見はちょっとおかしい」「その意見には同意できない」と反論に出会いました。ずっとうまくいっていたのでBさんはへこんでしまいました。しかしBさんのすごいところはそれでまた元に戻って発言しない自分になるのではなく、次のゼミでも発言を続けました。すると、発言すれば評価も反発もうけるけれど、その場で起きていることに積極的に自分が関与できることになり、それ自体面白いものだなという発見をしていきました。そして気づいてみると、ちょっとだけ去年よりも積極的な自分になっていたようです。
性格や特性を変えたいと思っても、明日から急に180度ガラッと変えるということは難しいものです。自分を変えたいなと思う時、あまりにも大きな変化を狙うとAさんのような落とし穴にはまってしまうことがあります。一か八かの賭けのような変化の仕方は、うまくいけば成功の程度も大きいのですが、リスクも大きく伴います。むしろ、確実さを狙うのであればBさんのように今できることの小さな積み重ねを大事にしていく方がいいかもしれません。環境の変化に期待する場合、変化のチャンスは一度きりになりがちです。もしその試みに失敗したら、その後の生活は辛いものになります。反面、少しずつの変化を続ける試みは何度も繰り返すことができますし、あまりに自分になじめない場合には元の自分に一度戻ってみても、さほど支障は出ません。少しずつの変化は地味ですが、効用は確かにあるのではないかと思います。
(一粒の麦 No.48 2013年9月)
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